宝くじの歴史

毎年、年末ジャンボ宝くじが売り出されると一年の終わりを実感し、銀座の宝くじ売り場で大行列になっているニュースを見ると、我慢強さと右へならえの日本人の国民性が伺える。 購入者数は年々増え続けていて、今年の年末ジャンボの一等は、史上最高額7億円だそうだ。皆、一攫千金にかけている。

「くじ 」の歴史をたどってみると、約2000年前のローマ時代からのものらしい。しかし、昔日本で呼ばれていた「富くじ」的なものになったのは、約560年前に町の建設や要塞構築などの資金調達のためオランダで発行されたことが始まりとなっている。 日本での「富くじ」の歴史は、約380年前の江戸時代初期に現在の大阪にある箕面山瀧安寺で行われたのが起源になっている。それは、元旦から7日までの間に参拝客が自分の名前を書いた木札を唐びつの中に入れ、寺僧がキリで唐びつの中の名札を突いて、当たった3名に福運のお守りを授ける。というものだった。 その後、次第に金銭が当たる富くじが氾濫していき、1692年「人心を乱す」とし徳川幕府から富くじ禁止令が出された。しかし、幕府は寺社にだけは寺の修復費用を調達する一つの方法として富くじの発売を許可し、谷中の感応寺、目黒の瀧泉寺、湯島天神の富くじが江戸の三富として有名になった。しかしその後、天保の改革により富くじは禁止され、103年もの間姿を消していた。

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栄養の歴史

歴史的にみて生物の進化、特に哺乳類の進化は、飢餓との闘争でした。 微生物から始まる食物連鎖のつながりは、種への自然淘汰と遺伝子の突然変異の「ふるい」そのものだったのです。 ホモ・サピエンスが文明を築き上げ社会生活の能力を身につける過程でも、種の中での優位性の確立が闘争の一層激しさを増幅させ、弱者には常に飢えがつきまとったのです。 その必要以上な支配と搾取は人間特有のものであり、生命維持に必要な糖質、脂質の不足だけではなく、本来摂取できるであろうビタミンやミネラルの欠乏症を引き起こすことにもなりました。 現代の経済活動においても、不当な労働の搾取や過剰なストレスや欲望のコントロールなど、個人が背負うべきもの以上の負担が栄養の偏りを生んでいます。

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国際協調

昨今の領有権の問題や、マクロ経済の中において、日本の近代誌を語る上で最も重要なことは日米関係だろう。 江戸の幕末期に黒船が来航してから、日本の近代化と急速な経済発展は太平洋を隔てた大国アメリカあっての偉業であろう。 世界の植民地政策の末期にアメリカが日本を植民地化するのではなく、開国を要求したのには兼ね多くの要素が絡んでいるが、日本が持つ独特の文化を尊重せざるを得ない理由があったものと推察できる。 日本の帝国主義時代にはその逸脱した路線を修正されこそしたが、依然国家の尊厳と精神性、文化は重んじられ守られてきた。 その核となるのは私の思うところでは、それは日本独特の神道という概念が世界でも非常に希有な哲学であり、そこから生まれ出でた文化はあらゆる文化圏の人にとって独特の親近感を感じるというものだ。 他者を排さず其処に居るものが強調して万事を成す。 闘争と征服の歴史を歩んだ世界の文化からは遠く、その考え方は肌の色を選ばず人類の進化に役立つとさぞ訴え掛けることだろう。

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歴史の意味

歴史とはなんだろうか? 小学生の頃そんな疑問をもった自分は当時担任の先生に質問を投げかけてみたことがある。 そこで返って来た答えは、次のようなものだった。 「過去の過ちを繰り返さないためのもの」

当時の自分にとっては完全に納得のいく答えではなかったのであろうが、それなりに納得のいく答えのように思えた。 しかし同時に、その答えはほんの断片的なものでしかなく、もっと大きな大切な「何か」を感じていたのだろう。

人類の歴史においてその大部分が闘争の歴史であり、統治するものと支配されるものの交代の記録である。 歴史や歴史上の人物を正確に評価し、過ちを犯さないためであるなら 「戦争は悪である」 とだけ言い切ってしまえば全て片付き、わざわざ歴史を学ぶ必要もない。

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